腰部脊柱管狭窄症と診断された症状に対する鍼灸の一症例

医療機関でレントゲンやCT、MRIなどの画像検査、診断により、椎間板ヘルニアとか腰部脊柱管狭窄症などの病名が付けられますが、痛みやしびれの症状が必ずしも画像による所見と一致するとは限りません。腰痛の8割近くが原因が不明という報告もされています。40歳を過ぎれば何らかの骨の変形が見られても不思議でもありません。教科書にあるようにきれいに骨が並んでいることの方がむしろ珍しいといえるでしょう。

腰部脊柱管狭窄症の症状

腰部脊柱管狭窄症は脊柱管が狭小化して起こる病態で、代表的な特徴は、間欠性跛行と根性疼痛になります。歩いているとだんだんとしびれやだるさ、痛みが生じ、歩行しずらくなります。しばらく、座って休むと、また歩けるようになります。自転車に乗っているような背中や腰を屈めた姿勢は比較的楽で、状態をそらす姿勢は症状が増悪します。腰部脊柱管狭窄症は年配の方に多い疾患になります。

腰部脊柱管狭窄症と診断された症例

症状

70代、男性、一か月前より腰が痛くなり、からだをまっすぐに伸ばすことができないとのこと。伸ばそうとすると、臀部から大腿部への放散痛がある。からだを曲げて杖をついていれば、歩行は可能。じっとしていれば痛みはそれほど気にならないとのこと。夜間痛、自発痛はなし。

整形外科を受診、「腰部脊柱管狭窄症」との診断。オパルモンを処方される。症状の改善がみられないということで、手術を勧められたが、保存療法での治療を希望。「鍼でもしてみたら。。」という知人の紹介で半信半疑な様子で杖を突きながら来院された。

施術経過

初回

うつ伏せ(腹臥位)になることが辛いので、横臥位にて治療を開始。腰背部、臀部、下肢にかけての筋緊張が強く、知覚も過敏になっていた。腰を伸ばすことができないために、不安定な姿勢や動作により臀部や下肢に負荷がかかっているようである。からだを曲げていれば歩行が可能ということであるので、腰部脊柱管狭窄症の特徴である間歇性跛行とは一致しない。おそらく、大腰筋が原因ではないかと推測した。鍼を受けることが初めてとのことであったが、大腰筋に対して刺鍼を行った(ズドーンとけっこう響きます)。

図1.大腰筋

二回目

一週間後来院。腰が随分伸ばせるようになり、姿勢がよくなったとのこと。触診すると、腰背部や臀筋の緊張は前回よりも緩んでおり、圧迫した時の痛み(知覚)も軽減されていた。

三回目

一週間後来院。杖をつかずに来院された。姿勢もまっすぐになり、症状もNRS10→1(痛みのスケール)ほどになったとのこと。側屈がつっぱるということで、腰方形筋に対して刺鍼を加えた。

まとめ

大腰筋の刺鍼の方法については、木下晴都『最新 鍼灸治療学』で紹介されています。

長鍼を用いて、8㎝内外刺入したが、その効果は6㎝刺した場合と同様であった。この結果から考えると、この傍神経刺は軸索反射ではなく、大腰筋前後の求心性神経を刺激して、視床下部で反射し、血管拡張神経を介する体性ー自律神経反射が生じ、筋内の血管を拡張させ、筋緊張が緩解されたものと推定される。

理由はともあれ、6㎝でも8㎝でも効果が変わらないとすると、6㎝の位置が重要であるということにります。大腰筋は腰方形筋と横隔膜、腸骨筋、小腰筋と連結し、腸骨筋は大腰筋と大腿筋膜腸筋、恥骨筋と連結しています。6㎝の位置はちょうどファシア(筋膜)で覆われています。これらが重積したり肥厚することにより、滑走性が悪くなり、可動域の制限や、疼痛を生じる原因になっていると考えることができるかもしれません。

もし、痛みやしびれの原因が骨の問題(損傷モデル)であれば、細い鍼を刺したぐらいで症状が軽減するはずはないでしょう。鍼をして痛みやしびれが和らぐのであれば、痛みやしびれの原因は骨の変形にあるのではなく、筋や筋膜などの軟部組織、ファシア由来といえるかもしれません。

例えば、骨の問題20%、ファシアの問題70%、脳(認知)の問題10%など、複合的な要素が多いと考えられられます。ファシア由来の症状(70%)が軽減されれば、全体的に症状が半分以下に軽減されますので、日常の動作、QOLの向上に繋がると考えます。

保存療法で緩解しない、脊柱管狭窄症は手術の対象となりますが、鍼治療を試してみる価値は十分あると考えます。

※2015/12/1「鍼灸鶏肋ブログ」の記事を加筆修正しています。