武漢肺炎(COVID-19)の感染予防に鍼灸で何ができるか?

感染の現況

有史以来、人類は幾たびも感染症との戦いを余儀なくされてきました。今回、武漢で発生した未知の新型コロナウィルスは、限局的な地域にとどまらず、すでにパンデミックとなってしまいました。東京も数日後には緊急事態宣言が発令されるかもしれません。日本の場合、緊急事態となっても、諸外国のようなロックアウトにはなりませんし、罰則があるわけでもありません。しかし、早期の終息のためには、一人一人が自覚を持って行動をしなくてはなりませんね。

まずは、できることをする

厚生労働省の発表

厚生労働省「新型コロナウイルス感染症について」のお知らせでは次のように発表されています。

風邪や季節性インフルエンザ対策と同様にお一人お一人の咳エチケットや手洗いなどの実施がとても重要です。感染症対策に努めていただくようお願いいたします。
風邪症状があれば、外出を控えていただき、やむを得ず、外出される場合にはマスクを着用していただくよう、お願いします。
集団感染の共通点は、特に、「換気が悪く」、「人が密に集まって過ごすような空間」、「不特定多数の人が接触するおそれが高い場所」です。
換気が悪く、人が密に集まって過ごすような空間に集団で集まることを避けてください。

厚生労働省/国民の皆さまへ(予防・相談)
図1.『出典:首相官邸HPより』

感染予防対策

「一人ひとりができる新型コロナウイルス感染症対策」として次のようなことが推奨されています。
◎一般的な感染症対策や健康管理
石けんによる手洗いや手指消毒用アルコールによる消毒を行う。
人込みの多い、混雑した場所を避ける。
十分な睡眠をる。

図2.首相官邸HP

COVID-19の特徴

厚生労働省の発表

(1)症状の軽い人からの感染拡大
これまでは症状の軽い人からも感染する可能性があると考えられていましたが、この一両日中に北海道などのデータの分析から明らかになってきたことは、症状の軽い人も、気がつかないうちに、感染拡大に重要な役割を果たしてしまっていると考えられることです。なかでも、若年層は重症化する割合が非常に低く、感染拡大の状況が見えないため、結果として多くの中高年層に感染が及んでいると考えられます。
 
(2)一定条件を満たす場所からの感染拡大
これまでに国内で感染が確認された方のうち重症・軽症に関わらず約80%の方は、他の人に感染させていません。
一方で、一定条件を満たす場所において、一人の感染者が複数人に感染させた事例が報告されています。 具体的には、ライブハウス、スポーツジム、屋形船、ビュッフェスタイルの会食、雀荘、スキーのゲストハウス、密閉された仮設テント等です。このことから、屋内の閉鎖的な空間で、人と人とが至近距離で、一定時間以上交わることによって、患者集団(クラスター)が発生する可能性が示唆されます。そして、患者集団(クラスター)が次の集団(クラスター)を生むことが、感染の急速な拡大を招くと考えられます。
 
(3)重症化する患者さんについて
これまでにわかってきたデータでは、感染が確認された症状のある人の約80%が軽症、14%が重症、6%が重篤となっています。しかし、重症化した人も、約半数は回復しています。
重症化する患者さんも、最初は普通の風邪症状(微熱、咽頭痛、咳など)から始まっており、その段階では重症化するかどうかの区別がつきにくいです。
重症化する患者さんは、普通の風邪症状が出てから約5~7日程度で、症状が急速に悪化し、肺炎に至っています。
 

厚生労働省

伝統医学(鍼灸)の考え方

古典文献の記載

鍼灸は湯液と並び、2500年以上の歴史のある中国伝統医学です。紀元前に書かれた『黄帝内経』(中国最古の医学書)を繙き、先哲の知恵を参考にしましょう。

新型コロナウィルスのような伝染病は”疫”病の範疇になります。『黄帝内経』刺法論編には、
「五疫之至、皆相染易、無問大小、病状相似。」
(五疫が発生すると、多くの人に感染しやすく、大人も子供も、同じような症状になる)とあります。今回のウィルスは感染力が強く、感染速度が速いという特徴があります。また、発病するとだるさ、発熱、空咳を生じます。味覚や臭覚がなくなるとの報告もあります。

続けて、伝染する人としない人の違いはどこにあるのか、との質問に対して、
「正気存内、邪不可干。避其毒気、天牝従来、復得其往」
(正気が内にあり、外邪が侵すことができない。疫毒を避けるには、鼻孔から入れ、また鼻孔から出せばよい)
ここで、「正気存内、邪不可干」の考え方は重要です。正気は免疫力や抵抗力、治癒力と置き換えると理解しやすいかもしれません(概念としてイコールではありませんが、)。

正気を充実させて、外邪の侵入を防ぐ、または取り除くということが予防・治療の基本的な考え方になります。これらを、”扶正祛邪”とか”养护正気”といいます。

『諸病源候論』疫癘病候には「その病、時気、温熱などの病と相類す。皆一歳の内、節気和せず、寒暑候に乖き、あるいは暴風疾雨、霧露散ぜざること有るに由り、すなわち民多く疫を疾み、病に長少なく、卒皆相似たり。」とあります。
疫癘は、強烈な伝染性をもち、大流行をおこす疾病を言います。

鍼灸にできることは

それでは具体的に鍼灸で何ができるのでしょいうか?

感染予防期、感染初期、治療期間、回復期の4つの段階に分けて考えます。感染の診断がされた時点で隔離となりますので、各自で行えることは治療期間(入院)を除く期間になるかと思います。日本では、鍼灸師が介入できる時期は、感染の予防がメインとなります。

感染予防の原則は、外出を極力減らし、感染源との接触を避けるということになります。その上で、正気を高めて、外邪に侵されないような状態を維持するために鍼灸を施します。
セルフ灸の経穴(つぼ)としては、合谷・気海・関元・内関・足三里・三陰交などがよいでしょう。
【参考資料】中国针灸学会/新型冠状病毒肺炎针灸干预的指导意见(第二版)http://www.caam.cn/caamWebPkg/upFilesCenter/upload/file/20200301/1583071512136093201.pdf

図3.取穴部位

①三陰交
②足三里
③内関
④関元
⑤気海
⑥合谷

鼻腔の洗浄

「疫毒を避けるには、鼻孔から入れ、また鼻孔から出せばよい」とあるように、手洗いと同じように、鼻腔内の洗浄も一定の効果があると思います。また、外邪は口や鼻から侵入し、肺から脾、胃、大腸へと伝播します。そこで、鍼灸で肺や脾胃の働きを高める施術を加えるとよいかもしれません。

インド伝統医学のアーユルベーダでは、口から鼻に糸を通したり、鼻孔を洗浄する「ジャラ・ネティ」などがあります。手軽に始められるものとして、アレルギーや鼻疾患の予防器具、ハナクリーンなどがあります。以前から、花粉症予防として筆者もハナクリーンを使用しています。慣れないうちはむせますが、使用後はスッキリします。

ストレスのコントロール

外出を控えて家にいる時間が長くなると、ストレスから飲食の量が増えたり、不安感や悲観、孤独感、無力感などに襲われたりします。そして、過度の否定的な感情は、睡眠障害や胃腸障害などを引き起こすこともあります。うつ症状(肝鬱)は気血のめぐりが悪くなり、正気の虚を生じやすい状態となります。時には、適度に運動をして、発散することも必要です。

まとめ

今回のこの未知のウィルスが恐ろしいのは、80%の罹患者は軽症もしくは発症をしないが、残り20%は重篤化し、その内の5%は命の危険があるということです。重症化を防ぐ薬としてアビガンが注目さえていますが、本来、「風邪を引いたら薬を飲めば治る」というのは錯覚なわけで、風邪が治癒するのは、私たちの免疫の働きによるものなのです。

鍼灸では「治未病」(まだ、病になっていないものを治す)という考えが重要視されています。おそらく、上古の時代には現代であれば救える命も救えない状況・環境にあったと思います。つまり、病になると重篤化したり、命を落とす可能性が高かったと想像することができます。「治療する」ことよりも「病にならない」ということが大切なわけです。

結論をいえば、武漢肺炎(COVID-19)に罹患してしまうと、鍼灸の介入は難しいでしょう。しかし、定期的に鍼灸の施術をすることで、正気を充実させ、気血の巡りを良好にし、自然治癒力(免疫力)を高めることができると考えます。