筋膜(Fascia)の概略
「筋膜」から「ファシア」
筋膜をはじめ脂肪組織や靱帯、腱、髄膜、骨膜など軟部組織をファシア(fascia)と総称します。
数年前には、フィットネス界隈でも筋膜リリースが注目され、「筋膜」という言葉も認知されてきましたが、研究者の間ではファシアの名称が主流となりそうです。この分野の名前については、まだ、統一されていない部分もありますが、ファシアは筋膜よりもより多くの組織・器官を含みます。
医学界や研究者の間で、まったく相手にされていなかった筋膜ですが、オステオパシーやロルファーなど、一部の手技療法家の間では40年ほど前から注目されていました。ここにきて脚光を浴び始めた理由の一つに画像診断装置(エコー)の性能が向上したことが挙げられると思います。10年以上前にエコーで骨折が診断できるということで我々の業界の間でも話題となりましたが、その時の画像はまだまだ鮮明でなく、レントゲンの代替にはなりえない代物であったと記憶しています。
最近の技術の進歩は目覚ましく、筋肉の動きや筋膜の状態などが視覚的にとらえるようになり、さまざまなことが分かるようになってきました。ここ数年、国内外において筋膜に関する研究、リサーチやリポートの数は飛躍的に増えてきています。新しい研究分野ですので、今後の成果が注目されます。
この写真は鷄肉ですが、青い矢印の部分の薄い膜が筋膜(ファシア)になります。従来、解剖などでは筋肉の状態をよく見るために、邪魔なものとして扱われていました。しかし、最近の研究では筋膜は単なる筋肉を包んでいる膜ではなく、全身をボディースーツのように覆っている一つのネットワークの働きがあることも分かってきました。
筋膜の重積(シワ)は凝りや痛みの原因となる
表層から見ていくと、皮膚である表皮や真皮の部分があり、その下方には脂肪やリンパ等を多く含む皮下組織、さらに、浅筋膜は皮下組織を2分するように分布しています。浅筋膜は皮膚支帯と連動しての動きが皮膚に伝達されています。
その下層には深筋膜が分布しています。この深筋膜は3層構造になっており、全身の筋と腱膜を覆っています。深筋膜の下には各筋の表層を覆っている筋外膜があります。そして、筋周膜は筋線維束を分け、筋内膜は筋線維を分けているものと定義されます。筋外膜・筋周膜・筋内膜は連続して、筋紡錘は筋内膜に付着しています。
ファシアは細胞・基質・線維・水分などから構成されていて、その代表的な性質には、弾性・粘性・塑性の3つの要素があります。線維成分には性質の異なるコラーゲン、エラスチン、レチクリンなどがあります。コラーゲン線維自体には、柔軟性はなく、巻きついたり、織り混ざったりして位置が変化することで柔軟性を維持しています。普段は介在する弾性繊維の収縮力によって、波のような状態に縮んだ状態にありますが、強く牽引されると、コラーゲン線維は伸ばされ、限界に達するとそれ以上組織は引き伸ばされることがありません。
浅筋膜や深筋膜、筋外膜が重積・癒着した状態にあると、それぞれの組織の滑走性が悪くなり、筋肉が正しく動くことができなくなると考えられています。この動きの悪くなった部位は凝りであったり、トリガーポイントのできやすい状態になります。そして、トリガーポイントが活性化すると痛みとして感じるようになります。
ファシアが重積する要因
長時間の同じ姿勢は身体の歪みやねじれを生じます。パソコン業務や車の運転、運動不足など、まさに現代人のライフスタイルは筋膜が重積しやすい環境にあります。また、精神的ストレスは、交感神経の緊張状態を持続させ、心身共に緊張した状態となります。
怪我の回復では、筋肉は数日~数週間、筋膜はさらに時間がかかるといわれています。そして、怪我や痛みによる代償動作は身体に歪みを生じる要因ともなります。筋膜がねじれてしまうと、凝りや痛みを生じるだけでなく、血液やリンパ液の流れも滞り、神経の伝達を妨げる原因となるのではないかともいわれています。
筋肉は単独に存在しているのではなく、筋の層でも結合組織が連結しています。これらの境界面では構造上、癒着や肥厚、短縮した状態になりやすいと考えられています。また、骨から体表までの距離が近いと重積しやすい傾向にあります。体表所見による硬結や圧痛、緊張、肥厚などの状態と筋膜の重積には相関関係があり、また、筋膜の重積は気血の鬱滞の一因であるということがいえるかもしれません。異常なファシアは超音波装置(エコー)で見ると白く重積したように見えます.この部分は、筋肉の動きも悪くなっている状態です。
テンセグリティーの考え方
テンセグリティ(tensegrity)とは、「Tension(張力)とIntegrity(統合)」の造語で、アーティストのKenneth Snelson(ケネス・スネルソン)の彫刻にはじまり、R. Buckminstar Fuller(R・バックミンスター・フラー)により提唱された概念です。 張力(輪ゴム)と圧縮(木材)のバランスでできている構造体で、圧縮材が宙に浮いているのが特徴です。
このテンセグリティの考え方は、この数年、特にマニピュレーション(手技療法)の方面から注目されています。手で上から押さえてつぶしても、張力により復元する構造になっています。
このことを身体で考えてみると、従来であれば肘を曲げるのは上腕二頭筋の働きということになりますが、上腕二頭筋だけでなく胸や背部にも影響が及んでいるかもしれないし、下肢にも関連があるかもしれないということです。 そのひとつのキーワードがfascia(ファシア)なのです。
筋膜リリース
筋筋膜にアプローチする手技療法(マニピュレーション)は多様で、テクニック重視のものから、やや難解な哲学的なものまで多岐にわたります。施術者はクライアントと一緒にセッションを進める、いわばファシリテータ―の役割が大きいかもしれません。
筋膜は身体全体を覆っていることから、「第二の骨格」とも呼ばれています。先にみたように、筋膜が伸長するのではなく、ねじれ(癒着・重積)を生じることで筋膜の動きに制限を生じ、筋骨格系全体の身体平衡のバランスが崩れてしまいます。その結果、関節可動域の低下、アライメントの不良、筋の弱化などが起こり、循環障害や触知覚異常、疼痛を生じることにもつながります。
筋膜リリースを施す場合に、もみほぐすようなリズミカルな手技やポンピングのような刺激ではなく、穏やかな圧力と持続で緊張した組織をリリースする理由がここにあります。深筋膜、筋外膜において、収縮力のないコラーゲン線維が重積・癒着した状態にあると、それぞれの組織の滑走性が悪くなり、筋肉が正しく動くことができなくなると考えられています。また、血液やリンパ、神経の通路でもあるので、ファシアがねじれてしまうと、血液やリンパ液の流れも滞り、神経の伝達が妨げられることにもなります。体表から触診すると、この動きの悪くなった部位は硬結や圧痛、凝りとして認知されることが多く、その部位が活性化すると時に痛みの原因となることが知られています。
そこで、筋膜リリース行い、筋間や筋と他の組織との滑走性を回復し、バランスのとれた姿勢を獲得します。その結果、軟部組織固有感覚の感覚機構がリセットされ、正常な機能的動作が可能となるように、再プログラミングします。
筋膜リリースの方法は、従来のマッサージや指圧などとは異なり、穏やかな負荷(刺激)で行います。揉んだり押したりするのではなく、伸ばされる感じという印象です。具体的な方法については割愛しますが、人によっては不思議な、初めてな感覚かもしれません。
また、施術が進んでくると、身体(筋膜)のリリースだけではなく、感情や情緒もリリースされることがあります。心や感情をブロックしているものが緩んでくるに従って、身体症状に変化が現れることもしばしば経験します。まさに、心身相関といえるでしょう。
針(ハリ)によるファシアへのアプローチ
鍼灸(はりきゅう)は古代中国において、紀元前から行われていた伝統的医療ですが、その体系に「筋膜」や「ファシア」という概念はなかったと思います。しかし、意識するしないにかかわらず、実際に鍼を刺すということはファシアに対して何らかの影響を与えることになります。このファシアの特性を知ることは、さらに効果的なハリ療法が可能であると考えます。
経穴(ツボ)にはいろいろな特性がありますが、体表を触診すると陥凹しているところや硬結、筋張っている場所、押して痛むところなどさまざな状態があります。また、筋硬結や索状の硬結などはトリガーポイントの指標にもなっており、経穴との共通性について語られることもあります。
これらの他とは異なる反応点とファシアのねじれ(癒着・重積)の相関関係はどうなっているのか。これらについては、今後の研究課題ですが、体表は平面でも身体は重層構造になっていますので、エコーで観察するとさまざまなことがわかるのではないかと期待しています。
筋筋膜性疼痛症候群(myofascial pain syndrome.MPS)
トリガーポイントは筋肉の索状硬結(筋が局所的に収縮している状態)に生じ、活性化すると、ある部位に持続的な関連痛を起こすとしています。このトリガーポイント由来の痛みをMPSと呼んでいます。特記すべきは、従来の損傷モデルにより痛みが生じているのではなく、軸索硬結にできた活性化したトリガーポイントが痛みの原因であるという点にあります。
筋肉やファシアなどの軟部組織が原因で痛みやしびれを引き起こす疾患として、MPSは近年注目されています。筋肉に繰り返し負荷がかかると微小な損傷が発生します。通常であれば、数日で自己回復をしまが、繰り返し筋肉に負荷を与えたり、冷えたりすると血流が悪くなります。そして、その部分が痙攣状態となり、自己回復できなくなくなります。そのような状態がMPSと考えられています。ファシアには刺激に反応するポリモーダル受容器が多く存在しているため、痛みを感じやすいと推測されています。刺鍼によるズーンと響く得気も、ファシアとの関係が深いといえるかもしれません。
「じねんどうブログ」の記事も参考にして下さい。
「鍼灸鶏肋ブログ」の記事も参考にして下さい。