腰痛の鍼灸
腰痛症とは
腰痛は、国民の80%もの人が一度は経験すると言われていますが、実はその原因については約15%ほどしかわかっていないのが現状です。この数字を見ると、なんだか不思議な感じがしませんか…?
腰痛の原因が特定できるものを特異的腰痛と呼びます。脊椎圧迫骨折や椎間板ヘルニア・脊柱管狭窄症、癌の脊椎転移、尿管結石、化膿性脊椎炎などが含まれます。
それに対して原因の特定できないものを非特異的腰痛(腰痛症)と総称しています。非特異的ということは、理学的所見や画像診断で原因を特定できないということです。その多くは椎間関節や椎間板、仙腸関節、筋筋膜・脂肪体などの軟部組織がその痛みの要因となっているのではないかと考えられています。
また、腰椎椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄症、変形性脊椎症、脊椎分離症、脊椎すべり症、坐骨神経痛などでも、筋筋膜性由来の痛みやしびれが多いのではないかと推測されます。
筋膜性疼痛症候群(Myofascial Pain Syndrome:MPS)を参照ください。
非特異的腰痛(腰痛症)は、一度発症すると長期にわたって再発・悪化と軽快・消失を繰り返しやすいという経過をたどる。また、腰痛が慢性化し活動性の低い症例では、仕事の低満足度など心理社会的要因の関与が強いことが多く、抑うつを伴う患者も少なくない。最近の考え方では「腰痛=生物・心理・社会的疼痛症候群」ととらえることが主流になりつつある。『医学大辞典』
「二足歩行だから腰痛になる」はまちがい
2008年10月5日にNHKで放映された「病の起源 第3集 腰痛~それは二足歩行の宿命か?~」では、いくつかの興味深い内容が紹介されました。
「アフリカで今なお狩猟採集の生活を送っているハザ族を調べると、腰痛は見つからない。腰痛は、人間が長距離を歩くことをやめ重労働の農耕を始めて以降、急速に増え出したと考えられている。…」(NHK病の起源より)
従来、腰痛の原因として二本歩行宿命論がまことしやかに提唱されていましたが、それは根拠がないとして否定されました。人類の二足歩行の歴史は800万~500万年前まで遡ることができます。もし、二足歩行が生体に不都合があれば、自然選択説から考えても今まで生存できていなっかったでしょう。
そもそも、四本足では腰痛が起こらないのでしょうか?
そんなことはありません。ペットを飼われている方はお分かりでしょうが、犬も腰痛になることがあります。余談ですが、獣医師の資格がないと動物に鍼灸はできませんが、わんちゃんの腰痛に鍼はとても効果があります。
慢性腰痛は老化?それとも椎間板の変形か?
「そして今、骨にも椎間板にも異常が見られないにもかかわらず、激しい腰の痛みを訴えるケースが問題になっている。痛みは腰ではなく脳の中で作られていた。大きな原因はストレスと考えられている。」(NHK病の起源より)
重大な脊椎の病変がなければ、椎間板の変性などと慢性腰痛の因果関係は否定されます。つまり、「腰の骨が変形しているから腰痛がある」とは言えないということです。
最近の研究によると、ストレスやメンタルな部分が腰痛を惹起しているということがわかってきました。これは従来腰痛の原因の根拠とされていた損傷モデルが一部否定されたということを意味しています。
作家 夏樹静子氏の『椅子がこわい』には、ストレスと腰痛との関係が筆者の腰痛体験として語られています。慢性腰痛に悩まれている方は、たいへん参考になると思います。
また、「骨盤や背骨の歪み」と慢性腰痛の関係も…「?」でしょう。そもそも、自然界にシンメトリー(左右対称)なものは存在しません。背骨のゆがみといっても、椎骨(背骨を構成している骨)自体左右対称ではないのですから。
シンメトリーをからだの理想とするのは様式美・美学としてはよいですが、臨床的には少々違和感を覚えます。古代ギリシャより派生した西洋的な思考方法であって、東洋思想にはこのような考えはないでしょう。もちろん上下、左右差は治療の上で重要な判断要素ですが、すべての原因をそこに集約することは短絡すぎると思います。
ここで病の原因として「からだの歪み」を全く否定しているのではなく、要はバランスの問題なのです。なんでも真っ直ぐにすれば解決ということにはならないということです。車のハンドルも遊びがないと危なくてしょうがありません。
腰痛の痛みを軽減することは慢性化させないためにも優先順位が高いのですが、もし、からだに歪みが生じているのであれば、その理由について考える必要があります。その要因の多くは日常生活の中にあるはずです。歪みを生じないような姿勢や動作を検討することは再発の予防に有益なことです。
参考サイト/腰痛のヨーロッパガイドライン(2004)、英文
https://www.backpaineurope.org/
急性腰痛(ぎっくり腰)
ぎっくり腰は病名ではありませんが、急性腰痛を表すのに日常的に使われる言葉です。欧米では「魔女の一撃」ともいわれています。
重いものを持ち上げた時や後ろのものを取ろうとした時、また、くしゃみをしたときなどにグキッと腰に痛みを生じます。椎間板ヘルニア・圧迫骨折・脊柱管狭窄症・脊椎辷り症・悪性腫瘍など病名がつくもの以外、約85%は確定診断が不能らしいのですが、腰部の筋肉、靱帯、筋膜などの軟部組織の損傷が疑われます。
脊椎由来のものであれば、動作によって痛みが変化しますが、内臓由来のものは、動作に関係なく痛みが生じます。夜間の安静時痛・体重減少・発熱などは注意が必要です。すべての急性腰痛がぎっくり腰ではないということです。腰痛の背後に重大な疾患があるかもしれません。
先のヨーロッパガイドラインでは、レッドフラッグ(重大な病変の可能性)として次のような項目が発表されています。
Age of onset less than 20 years or more than 55 years | Recent history of violent trauma | Constant progressive, non mechanical pain (no relief with bed rest) | Thoracic pain | Past medical history of malignant tumour | Prolonged use of corticosteroids | Drug abuse, immunosuppression, HIV | Systemically unwell | Unexplained weight loss | Widespread neurological symptoms (including cauda equina syndrome) | Structural deformity | Fever
初めて経験される方は、不安になられるでしょうが、ぎっくり腰には、鍼灸がたいへん効果があります。
レッドフラッグでなければ、1、2回の施術で症状が緩解することもめずらしくありません。腰痛が慢性化しないように早めに行うことが肝要です。
従来、安静第一とされてきましたが、安静臥床は回復が遅れます。できる範囲で日常動作をされるのがよいでしょう。
ぎっくり腰はクセになるは本当か?
腰痛の原因はさまざまですが、生活習慣(ライフスタイル)の影響は少なくないでしょう。筋膜が重積してしまう要因は、①使い過ぎ、②使わな過ぎること、③間違った使い方、④代償動作などがあります。毎日、長時間のデスクワークや車の運転などは腰にあまりよい姿勢とはいえません。引越し作業や介護などの中腰での姿勢なども腰に負担がかかります。また、梅雨時や冬の時期に腰痛になりやすいという人もいらっしゃいます。冷えや湿気による影響も無視できません。
ぎっくり腰になるときはくしゃみをしたり、床に落ちているものを拾おうとしたりした時にギクッとなることがありますが、それはきっかけであって、原因ではありませんね。同じような生活環境であれば、またぎっくり腰にかることも考えられます。普段から強ばった筋肉をストレッチしたり、ゆっくり湯船に入って温まったり、疲労を蓄積させないように養生することが大切です。
鍼灸療法の考え方
解剖学的アプローチ
ここで解剖学的とした内容は筋筋膜性由来の腰痛を想定しています。上記にあるようなレッドフラッグや慢性腰痛は別のアプローチになります。
まず、どのような姿勢や動作で痛みが強くなるのか、また軽減する動作や姿勢はどのようなものであるのかを観察します。かがむ姿勢が痛いのか、朝起き上がる動作、からだをひねる動作など、動きによって作用している部分が異なりますので、これらの動作を分析して問題となる筋筋膜を考えます。
まず最初に腰部の代表的な筋肉を見てみましょう。この図は、腰椎4番あたりの断面図になります。上部がからだの前方、下部はからだの後方になります。腰といってもいくつもの筋肉が集まって形成されていることがわかります。
背側には腰椎を挟むように多裂筋、最長筋、腸肋筋と並んでいます。腸肋筋と最長筋、棘筋を合わせて脊柱起立筋と呼びます。この大きな筋群は腰部では広背筋の深部に位置しており、胸腰筋膜と一体化しています。脊柱起立筋が短縮してしますと、骨盤が前傾して、腰椎の後弯が強くなります。
次に動作(姿勢)による痛みの有無を確認します。図の左側は屈曲(かがむ姿勢)で右側は伸展(そる姿勢)になります。
それぞれ作用する筋肉が異なりますので、動作観察から罹患している筋筋膜を考えていきます。
屈曲時痛
からだを曲げるときに痛みが出るケースでは、筋の収縮痛から腹筋や腸腰筋(大腰筋と腸骨筋)に原因があると考えます。断面図を見ると大腰筋は深部にあり太い筋肉であることがわかります。
手技療法(マッサージや整体など)で大腰筋をリリースするという記述も見られますが、鍼で大腰筋を緩めた方が早いでしょう。背部では体表から成人の男性で6センチの深さにあると成書にあります。
譬えて言うならば、鍼灸指圧自然堂は小田急線の祖師ヶ谷大蔵という駅にあります。ここを出発して新宿まで行こうと思ったら、たいていの人は電車に乗りますね。およそ25分かかります。電車が嫌いであれば車という手があります。タクシーだとコストがかかりますし、渋滞に巻き込まれるかもしれません。自転車や徒歩という方法も可能ですが、時間がかかりすぎます。回りくどい言い方でしたが、腰痛には鍼療法がコストパフォ-マンス的にも優れていると思います。
伸展時痛
からだをそらした時に痛みが出るケースでは、筋の収縮痛から脊柱起立筋を疑います。この場合、座位と立位で変化することがあります。立位で痛みがあって、座位で痛みが生じないときは殿筋群(大殿筋、中殿筋、小殿筋など)にも原因があると考えられます。足し算と引き算で問題のある筋肉や筋膜を考えていくわけです。
古典的アプローチ
気とか経絡とかよくわからないわ…!結局、痛いところに鍼をすればいいのでしょう?
ははは…。でも、それで効くこともありますよ。
中国の古い文献(霊枢)には「以痛爲輸」(痛を以て輸となす)といって、痛いところをツボ(施術点)とすると記載がありますからね。
確かに、東洋医学は考え方が独特だし、専門用語も多いから理解しにくいかもしれませんね。
まず、腰痛の原因から簡単に説明してみましょう。教科書的には腰痛の原因を「寒湿阻滞」「気滞血オ」「腎虚」に分けています。
寒湿阻滞(かんしつそたい)
寒さや湿気、天候の変化や雨の日などに腰が重く、だるさや痺れがでる場合で、冷えると悪化します。鍼灸医学ではからだ全体を経絡が巡っており、気血が流れていると考えています。風寒湿の邪気がこの流れを悪くすることによって、痛みを引き起こすと考えます。
気滞血オ(きたいけつお)
怪我や事故、打撲などがベースにあり、疲労や長時間の同じ姿勢、座位など腰に負担がかかると腰が硬くこわばったり、つっぱる様な感じがします。刺すような痛みで、同じ部位が痛み、夜間に悪化することもあります。
腎虚(じんきょ)
「腎」は重要な概念で、生命力やパワーの源ということもできます。老化・慢性病・過労により腎精が虚してくると、腰がだるく冷え、重く、力が入らない状態になります。すぐに横にりたがり、疲労で悪化し、慢性的な腰痛もこのタイプが多いです。それは電池切れの状態といえるかもしれませんね。
腎虚性の腰痛は、食事・仕事・睡眠・運動など日常生活も見直さないといけません。
なんとなくイメージできたわ。お風呂に入ると楽になる腰痛は寒湿性なのね。
そうだね。寒湿性や腎虚の時は、お灸もとってもいいね。
別項で局所と全体療法の話をしましたが、腰部への鍼だけでなく、それぞれの原因に対して併せて施術を行うことも鍼灸の特徴だね。腰痛を筋筋膜(筋肉)だけで考えれば、お腹を温めたり、手足のツボに鍼を打つことはないかもしれませんね。
奥が深いのね…。
でも何で手足に鍼をするの?
それにはいくつかの理由があるんだよ。
まず、特効穴といって、経験的に腰痛に効果があるとされるツボがある。次に、鍼灸では経絡を重視しているので、腰に関係のある経絡上のツボを利用することもある。また、ツボには独特の働きがあるので、寒邪・湿邪・オ血を取り除くツボや腎の働きを高めるツボに鍼をすることもあるんだね。手足のツボだけで腰痛が治ってしまうこともあるんですよ。
でも、鍼灸師によってツボの選択や方法はさまざまなスタイルがあるんだ。この辺が、科学的でないといわれるところだが、逆に鍼灸のおもしろさでもあるんだね。
そうか…からだ全体を考えることが大切なのね!
いいところに気がついたね。
痛みや症状はからだのメッセージだから、痛くならないように養生することも大切なことだね。東洋医学では「未病を治す」といって病気になってから治療をするのではなく、普段から定期的にからだの調整をして、病気にならないようにすることを理想としているんだよ。