耳鳴の鍼灸
耳鳴りは一般的な症状であるにもかかわらず、内服薬では改善しにくいものも多いようです。鍼灸療法でも難しいケースも少なくないのですが、著効を見ることがあります。文献を整理しながら、耳鳴について考えてみたいと思います。
耳鳴とは
身体内部以外に明らかな音源がない状態で感じる音の感覚を耳鳴(じめい・みみなり)といいます。一般成人の約15%が何らかの耳鳴を感じたことがあり、その約20%が激しい耳鳴に悩まされているといわれています。耳鳴は他覚的耳鳴と自覚的耳鳴に大別されます。
他覚的耳鳴(振動性耳鳴)
第三者が聞いても聞こえる耳鳴で、鼓膜張筋やアブミ骨筋などの耳小骨筋が痙攣するために生じる筋性耳鳴や、周囲の血管系の異常により起こる血管性耳鳴があります。
自覚的耳鳴(非振動性耳鳴)
自覚的耳鳴は明らかな音源や原因の特定できない、非特異的耳鳴になります。その多くは難聴に伴って発症するケースで、難聴の約50%に耳鳴の症状があり、耳鳴の約90%に何らかの難聴があるといわれています。高齢者に多い高音が聞こえにくい難聴の場合はジー、キーンやシーンといった音色の耳鳴となる傾向があります。高音性は感音性難聴の傾向があります。
耳鳴の原因
はっきりと特定できないもののあるようですが、代表的なものに神経説と伝音説があります。耳鳴は脳で起きているとする仮説も注目されています。
神経説
聴覚伝導路に関連している神経の興奮性が何らかの要因により高まり、過敏になり音を感じるというものです。
伝音説
耳小骨筋の痙攣などを耳鳴として自覚したり、血流の雑音や耳垢が鼓膜に触れるときの音を耳鳴として自覚しているとする説になります。
耳の疾患に伴う耳鳴には次のようなものがあります。耳垢栓塞、中耳炎、耳管狭窄、メニエール病、突発性難聴、聴神経腫瘍など。また、全身性の疾患に伴う耳鳴には以下のようなものがあります。代謝障害、栄養障害、アレルギー、高血圧、甲状腺機能亢進、心因性など
薬物療法
耳鳴の特効薬はありませんが、循環障害が疑われる場合は脳循環を改善する薬、頚肩の緊張があれば筋弛緩薬、不安やうつ傾向、不眠などがあれば抗不安薬や抗うつ剤、導眠剤などが投与されるようです。
漢方薬では釣藤散、牛車腎気丸、当帰芍薬散、抑肝散、半夏厚朴湯などが代表格でしょう。
鍼灸療法の考え方
薬物療法の目的とするところの循環障害、頚肩の緊張の改善がひとつの指標となります。漢方の処方に見られるように東洋医学的には「肝」と「腎」の機能との関係が耳は深いといえます。耳周囲への施術だけでなく、ストレスや疲労の軽減、睡眠障害の有無、自律神経のバランス調整などの視点も大切です。
古典的(経絡)アプローチ
鍼灸療法では痛みやからだの不調は気血の滞りが大きな原因と考えます。気血の流れを改善するためには、変動している経絡の調整(疏通経絡)を行います。
耳周囲を巡っていいる代表的な経絡は、三焦経、小腸経、胆経になります。また、「腎」(現代医学の腎臓ということではなく、腎という働きをさします。)との関係も深いので、慢性的な症状ではこの「腎」を補うような施術を行います。
教科書的には耳鳴や難聴に対して次のようなツボがよく使用されます。
耳門、聴宮、聴会、翳風、中渚、侠溪など。
中渚は手にある三焦経のツボ、侠溪は足にある胆経のツボになります。耳から離れたところにある手や足のツボに鍼灸を施して症状が変化するということは現代医学的には説明できません。しかし、このような独自の療法はからだ全体を整える鍼灸の魅力でもあります。
①耳門(じもん)②聴宮(ちょうきゅう)③聴会(ちょうえ)④頭竅陰(あたまきょういん)⑤翳風(えいふう)⑥中渚(ちゅうしょ)⑦合谷(ごうこく)
虚実による違いについて
鍼灸療法の考え方では体質や病因から陰陽虚実などの分類をします。耳鳴は虚証と実証に分けられます。
- 虚証
- 実証
耳鳴りに波があり、疲労やストレスが加わると悪化するタイプ。めまい、立ち眩み、腰がだるい、食欲不振、遺精、帯下などを伴うこともあります。腎や脾胃の働きが弱っている状態なので、太谿、腎兪、関元、足三里、脾兪などのツボを併用します。虚証の場合は結果がすぐには現れにくいので、根気よく施術を続ける必要があります。電池切れのような状態ですので、ストレスや疲労を溜めないように日常を過ごすことが大切です。
急に難聴になったり、耳閉感や張ったような感じがあります。耳鳴りは連続しており、圧迫しても変化しないタイプです。頭痛を伴うこともあります。肝胆の風火が昇ってしまった状態で、イライラや怒りなどで発症します。味の濃い食事や脂っこいものも脾胃に負担がかかり鬱滞や湿邪を生じます。
家庭でできる施灸法【耳鳴・難聴】
お灸の大家である深谷伊三郎先生の臨床余禄「お灸で病気を治した話」から難聴と耳鳴りのツボを紹介します。自宅でもすえることができます。台座灸や棒灸などの温灸などでもよいでしょう。後頭部は髪の毛がありますので、首や肩のツボ(大椎、肩井、肩外兪、膏肓など)を使用した方がよいかもしれません。上記の耳門、聴宮、聴会、翳風への温灸もおススメです。温灸は1回に10分~20分ほど行います。
効果には個人差がありますので、1回お灸を施しただけで全てがよくなるわけではありませんが、試してみる価値はあると思います。1日1回、2週間ほど続けてみてください。
- 外関
- 絡却
- 玉沈
- きょう陰
2~5壮施灸しただけで耳鳴りがとまったとあります。外関は三焦経で、耳とは関係が深い経絡上のつぼになります。
絡却と玉沈は後頭部のこりをとるために灸を5壮施したところ、後頭部のこりがとれると同時に、耳鳴りがとまったとあります。
耳鳴りだけでなく難聴にもよく効くとあります。位置は耳たぶを横に半分に折り、後頭部に押し付けて、その先端に取穴します。
家庭でできる養生法【耳鳴・難聴】
マッサージ
- 合谷
- 聴宮
- 翳風
- 中渚
拇指と示指で挟むようにしてマッサージを施します。
示指でゆっくりとほぐすようにマッサージを施します。強く押しすぎると違和感が残ることがありますので、注意しましょう。
拇指の内側で擦るようにマッサージを施します。
左図:合谷穴へのマッサージ、右図:中渚穴へのマッサージ
「鳴天鼓」の術
中国の伝統的な按摩法になります。清朝時代に編纂された気功と養生学の書籍『颐身集』にその記載があります。丘处机《摄生消息论》、明·冷谦《修龄要旨》、清·汪昂《勿药元诠》、汪昂《寿人経》及方开《延年九转法》が収録されています。
两手掩耳,即以第二指圧中指上,用第二指弾脳后两骨做响声,謂之鳴天鼓(可去風池邪气)
まず、手を合わせて擦って温めます。次に五指が後方を向くように両手で耳を塞ぎ、示指を中指の上に重ねます。中指を弾いて後頭部に振動を与えます。その振動の音が天鼓のようになるというわけです。文献によって回数などは異なりますが、1度に20回~40回ぐらい行います。朝晩に1回づつ、または、耳鳴の気になるときに試してみましょう。
耳鳴だけではなく、めまいや不眠、健忘、精神の安定、眼精疲労などにも良いとされています。
耳開閉の術
まず、手を合わせて擦って温めます。次に耳を手の掌ですっぽりと包むように塞ぎます。閉じた状態から両手を開放します。30回ほど繰り返して行います。耳を強く圧迫して開放すると鼓膜に圧が加わりますので、鼓膜の弱い人や中耳炎の人には不向きです。様子を見ながら行ってください。余談ですが、この手技はタイ式マッサージでも習ったことがあります。
聴力検査のアプリ紹介
最近のアプリはすごいですね。簡易版ですが聴力検査のアプリがアンドロイド版、アップル版と公開されています。無料にしてはそれぞれ優れものです。
ちょっと音が聞き取りにくくなったなと思ったら、試してみるのもいいでしょう。年齢チェックは少々ショッキングな結果が出るかもしれません。
アンドロイドのアプリ「聴力検査」
難聴の程度、年齢規範などが測定できます。聴覚障害のWHO(世界保健機構)グレードなど詳細情報もあります。
appleのアプリ「聴力検査 & 耳年齢テスト」
操作が簡単で聴力検査と耳年齢テストが可能です。
参考文献『医学大辞典』(南山堂)、『鍼灸療法技術ガイドⅡ』(文光堂)、『中医針灸治療のプロセス』東洋学術出版社、『針灸学臨床研究』人民衛生出版社