不眠の鍼灸
不眠のタイプ
この数年、来院される方で安定剤や睡眠薬を服用されている方が増えているような印象があります。「不眠」と「うつ」の双方向性も指摘されていますし、社会や家庭内のストレス、不安感など、不眠の増加は有る意味社会的現象ということもできるでしょう。
不眠(睡眠障害)のタイプには、次のようなものがあります。
1.入眠障害型
就床して眠るまでに30分~1時間以上かかるもので、いわゆる寝付きの悪い状態をいいます。その原因としては、騒音などの外部環境、疼痛や痒みなどの身体的要因、精神的な問題、緊張や不安感などの気分変調などがあります。
2.中途覚醒型
夜中に何度も目が覚めてしまう状態をいいます。その原因としては、頻尿(前立腺肥大・泌尿器疾患、アルコールや利尿剤の服用など)、身体的要因(疼痛・痒み、むずむず症候群・周期性四肢運動障害・睡眠時無呼吸症候群など)、精神的な問題、緊張や不安感などの気分変調など。
3.早期覚醒型
朝早く目が覚めてしまい、また寝ようとしてもよく眠ることができない、眠りの浅い状態をいいます。高齢者やうつ病にもよくみられます。
4.熟眠障害型
十分睡眠時間を取っているにもかかわらず、朝起きた時に熟睡感が得られない状態をいいます。その原因はさまざまで、精神的疾患、疼痛や痒みなどの身体的疾患によるもの、睡眠時無呼吸症候群(SAS)、むずむず脚症候群(RLS)、周期性四肢運動障害などがあります。
睡眠のメカニズム
最近の研究では、従来の「疲労により起きていられなくなる」という受動的な考え方から、「生命維持の為に脳が働きかける」とするより能動的な作用として捉えられています。睡眠のメカニズムとして次の2つが考えられています。
1.恒常性維持機構
長時間起きているとだんだんと眠くなってくる働きで、起きていると睡眠を促す睡眠物質が体内に溜まってくると考えられています。深い睡眠(ノンレム)の間に体の疲労を回復したり、怪我を修復したりするいろいろなホルモンが分泌されます。
2.体内時計機構
睡眠のサイクルは環境の変化ではなく、体内時計によりコントロールされています。外界と遮断された場所では、人間の体内時計の周期は約25時間ですが、1日のサイクルは24時間ですので、この1時間のズレは「朝光を浴びること」や「通勤・通学などの規則的な生活リズム」などにより修正されます。また、松果体から分泌されるメラトニンは夜になるとより産生され、脳の睡眠中枢に作用すると考えられています。(ドラッグストアでメラトニンを購入できる国もありますが、日本ではまだ認可が下りていなようです。)
睡眠障害対処12の指針
厚生労働省、精神・神経疾患研究委託費、睡眠障害の診断・治療ガイドライン作成とその実証的研究班、平成13年度研究報告書によると、睡眠障害の対処法として以下の12の指針を挙げています。入眠の方法については間違った俗説もいろいろと流布しているので、参考になるでしょう。
1.睡眠時間は人それぞれ、日中の眠気で困らなければ十分
睡眠の長い人、短い人、季節でも変化、8時間にこだわらない。歳をとると必要な睡眠時間は短くなる。
2.刺激物を避け、眠る前には自分なりのリラックス法
就床前4時間のカフェイン摂取、就床前1時間の喫煙は避ける。軽い読書、音楽、ぬるめの入浴、香り、筋弛緩トレーニングを行う。
3. 眠くなってから床に就く、就床時刻にこだわりすぎない
眠ろうとする意気込みが頭をさえさせ寝つきを悪くする。
4.同じ時刻に毎日起床
早寝早起きでなく、早起きが早寝に通じる。日曜に遅くまで床で過ごすと、月曜の朝がつらくなる。
5.光の利用で良い睡眠
目が覚めたら日光を取り入れ、体内時計をスイッチオン。夜は明るすぎない証明を心がける。
6.規則正しい3度の食事、規則的な運動習慣
朝食は心と体の目覚めに重要、夜食はごく軽く。運動習慣は熟睡を促進する。
7.昼寝をするなら、15時前の20~30分
長い昼寝はかえってぼんやりのもと。夕方以降の昼寝は夜の睡眠に悪影響である。
8.眠りが浅い時は、むしろ積極的に遅寝・早起きに
寝床で長く過ごしすぎると熟睡感が減る。
9.睡眠中の激しいイビキ・呼吸停止や足のびくつき・むずむず感は要注意
背景に睡眠の病気、専門治療が必要。
10.十分眠っても日中の眠気が強い時は専門医に
長時間眠っても日中の眠気で仕事・学業に支障がある場合は専門医に相談。車の運転に注意する。
11.睡眠薬代わりの寝酒は不眠のもと
睡眠薬代わりの寝酒は、深い睡眠を減らし、夜中に目覚める原因となる。
12.睡眠薬は医師の指示で正しく使えば安全
一定時刻に服用し就床する。アルコールとの併用をしない。
不眠の鍼灸
中医弁証
『中医病症診断療効標準』では、臓腑機能の乱れ、気血の虚損、陰陽の失調などの原因により、次のように分類しています。これらの症に対して、有効ななツボを選択し、鍼灸を行います。
肝郁化火
心が落ち着かなくて眠ることができない、イライラして怒りっぽいい胸が詰まり、脇が痛む、頭痛や顔の紅潮、目が赤く、口が苦い、便秘、尿が黄色い。
痰熱内[手憂]
睡眠不安、イライラして思い悩む、胸の詰まり、心窩部の痞え、口が苦く、痰が多い、めまい。
陰虚火旺
心が落ち着かなくて眠ることができない、あるいは何度も目が覚める、手足のほてり、めまい、耳鳴り、動悸、健忘、頬が赤く微熱、口渇。
心脾両虚
夢をよく見て眠りが浅い、朦朧としてはきりしない、動悸、健忘、めまい、だるさ、顔色がよくない。
心虚胆怯
夢をよくみる、驚きやすい、どきどきして怖気やすい。
中医学用語(中国語)は四文字熟語が多く、初めて目にする方には意味がわかりにくいかもしれません。ここでは、中医学ではこのように分類をしていると云うことがご理解いただければ十分です。 教科書的な内容は他に譲るとしてして、次に『鍼灸資生經』(1220年)から不臥(不眠)の項を見てみましょう。
不臥
神庭①、治驚悸不得安寝。氣衝章門、治不得臥。期門、治大喘不得臥。大淵、治咳嗽煩怒。不得臥。白環兪、治腰脊冷疼。不得久臥。隱白、天府、陰陵泉、治不得臥。神庭、療風癇驚悸。不得安寝。大淵、肺兪、上管、條口、隠白、療不可臥。譩譆、環跳、岐伯云、療臥伸縮回轉不得。大椎、療臥不安。氣海③、陰交②、大巨④、主驚不得臥。公孫、主不嗜臥。攅竹等、主不得臥。
漢字がたくさん並んでいますが、ここには不眠のツボが書かれています。それぞれ特徴があり精神的疾患、咳嗽や疼痛、消化器系のもの、虚弱体質などそれぞれの原因により使用するツボが異なります。
ツボには各々性質がありますので、使用するツボから逆に病状を推測することも可能なわけです。当時、このように不眠の原因をいろいろと認識していたことは一考に値するでしょう。
選穴(ツボを選ぶこと)は時代や流派によって特徴があります。ここでは頭部のツボに神庭を選穴していますが、攅竹・後頂・強間・風池・安眠・百会・四神聡などがお馴染みのツボになります。
気海はお腹の下のツボで「先天の元気のツボ」とも言われています。広い意味で丹田ということもできます。寝る前の温灸なども良い方法だと思います。
次に蘆川桂洲による『病名彙解』(1686年)から不眠について見てみましょう。
不寝(フミ)/ねいられぬ病なり○要訣に云。不寝に二種あり。病後虚弱及び年高(タカ)き人陽おとろへて寝られざることあり。疾胆経にあって神舍を守らざるも亦寝(ネラレ)さらしむるなり。
嗜眠(シメン)/めたと眠(ネフル)ことを好(コノメ)る症なり○病源に云。陽氣精(クワシ)からず。神明昏塞して眠(ネフル)ことを嗜(タシヘ)を云り。
心は精神の舎る所であり、心は神を蔵しています。神とは広義の意味では、人体の生命活動の総称であり、狭義では思惟・意識活動のことをさします。現在では精神活動は脳の働きとなっていますが、一般的に中国では17世紀まで心の作用としてとらえられています。