過敏性腸症候群(IBS)と鍼灸
過敏性腸症候群(IBS)とは
機能性消化管障害(FGIDs)である過敏性腸症候群の発生機序については、はっきりと確定していませんが、体質的なものがベースにあり、ストレスが加わると消化管の刺激が脳辺縁系を賦活し腹部の不快感・痛み・排便異常を引き起こすものと考えられています。
2006年にはRomeⅢが公表され、国際的なガイドラインとなっています。
IBSの診断基準/RomeⅢ
腹痛あるいは腹部不快感が 最近3カ月のなかの1カ月につき少なくとも3日以上を占め、下記の2項目以上の特徴を示す。
(1)排便によって改善する
(2)排便頻度の変化で始まる
(3)便形状(外観)の変化で始まる
腸管の運動や分泌が亢進することで、腹痛や下痢、粘液便、便秘、腹部膨満などの症状を引き起す症状を過敏性腸症候群と呼んでいます。大腸がんや炎症性腸疾患など器質的な原因を除き、便の状態から以下のような分類がされています。
IBSの分類(RoomⅢ)
便秘型IBS(IBS-C)
腸運動・緊張の亢進による痙攣性の便秘です。便は兎糞状タイプで、便の遺残感を伴うこともあります。
硬便または兎糞状便が便形状の25%以上、かつ、軟便また水様便が便形状の25%未満になります。
下痢型IBS(IBS-D)
突発的に腹痛が起こり、排便をすると寛解するような下痢を特徴とします。精神的なストレスや環境の変化等によって引き起こされることも多く、比較的若年層に多いとされています。また、食事との関係も指摘されています。
軟便また水様便が便形状の25%以上、かつ、硬便または兎糞状便が便形状の25%未満になります。
下痢便秘交代(混合)型IBS(IBS-M)
硬便または兎糞状便が便形状の25%以上、かつ、軟便また水様便が便形状の25%以上になります。
分類不能型IBS(IBS-U)
便形状の異常が不十分な状態で、上記の3タイプにあたはまらないものになります。
ストレス(正確にはストレッサー)と胃腸との関係についてはずいぶんと前から指摘されており、脳腸相関ともいわれています。学校や職場に行きたくなくてお腹が痛くなるのも仮病ではなく、ストレスにより惹起され、自律神経を介して刺激を伝達していると考えられています。我が国における有病率は14.2%と高率であり、それだけストレスの多い社会、現代病ということもできるでしょう。
IBSの治療
食事や生活指導の改善、IBSの増悪因子の除去やコントロール、薬物療法や心理療法などがおこなわれます。
過敏性腸症候群(IBS)の鍼灸
現代医学では薬物療法が主となりますが、鍼灸ではどのようにアプローチすればよいのでしょうか?
古典文献にIBSの記載はありませんが、胃痛・腹痛・下痢・便秘など消化器疾患の施術法についての記述は多くありますので参考にしながら考えてみたいと思います。
中医学では腹痛を「飲食停滞」・「肝郁気滞」・「寒邪内阻」・「脾陽不振」の4種類に分類しています。
「飲食停滞」
暴飲暴食後に腹部に張るような痛みが生じ、お腹を触ると気持ちが悪く、ゲップがよく出て、吐いた後は痛みが軽減するような症状です。
「肝郁気滞」
側腹の張るような痛みがあり、便通後は症状が軽減します。溜息をよくつき、げっぷや放屁後は軽減し、イライラとして怒りっぽい症状です。
「寒邪内阻」
多くは寒さに当たったり冷たいものを飲んだ後急に腹部が引きつり痛む事が多く、冷えると更に悪化し温めると痛みが和らぐような症状です。
「脾陽不振」
しくしくと腹痛し、時に痛みが生じ時に止むような状態で、温めると気持ちがく、お腹のマッサージなども気持ちがよく感じます。生ものや冷たいものを食べたり、空腹時、また疲労時には悪化すします。食事をしたり休養を取った後は痛みが軽減します。
李東垣の『脾胃論』は補土派として後世に大きな影響を及ぼしています。下記は「脾胃虚実伝変論」の中の一節です。ここでは飲食の問題や温度変化などの生活環境の問題だけでなく、心や感情の変化がからだに影響を及ぼすということを指摘しています。
東洋医学では五行論という考え方があります。その中で「思」は脾(消化器系)を傷るとあります。「思」とはくよくよ思い悩むようなことを指します。
「故夫飲食失節,寒温不適,脾胃乃傷。此因喜,怒,憂,恐,消耗元気,資助心火。火與元氣不両立,火勝則乘其土位,此所以病也。 」
「老十針贊」『金針王楽亭』(1984)の考え方
李東垣『脾胃論』中の調中益気湯・補中益気湯の処方に基づいて「老十針」は考えられています。その効能は調中健脾・理気和血・昇清降濁・調理胃腸であり、中かんと足三里を主穴とし、証に応じてツボの選択を加減します。
老十針は胃痛・腹痛・嘔吐・腹瀉・食滞・便秘・胃下垂等に効果が期待できるとしています。
「気海天枢与三かん、足三里穴与内関、調理胃腸十針、気血充和保平安。 」これらのツボを図にすると右の用になります。「中かん・足三里・内関」は基本中の基本でしょう。
このような症状には鍼灸を施すと共に食生活や睡眠、心理的肉体的なストレス等のライフスタイルを見直すことも重要な要素になってきます。また、顎関節症・線維筋痛症・逆流性食道炎・パニック障害・うつ傾向なども合併しやすいことも指摘されています。(全てということではありませんのでご注意を!)
鍼灸により気血の流れ(自律神経の働き)を調整し、筋の緊張を緩和することで血行も促進します。また、便秘や下痢などの症状の改善も期待できます。体幹部の刺激は交感神経につながる脊髄反射を起こしやすく、手足のツボは迷走神経などを活性化しやすいともいわれています。
ストレスにより症状が増悪する場合は頚や肩背部の緊張、頭部のむくみ、手足の冷えなどもよく見られますので、全身調整を合わせて行うことがより効果的です。
是非一度、鍼灸をお試しください。
参考文献:『医学大辞典 第20版』南山堂 、『ガイドライン外来診療2010』日経メディカル開発