トリガーポイントってなに
トリガーとは「引き金」という意味ですので、痛みや症状を誘発する場所(点)ということになります。トリガーポイントは筋肉の索状硬結(筋が局所的に収縮している状態)に生じ、活性化するとある部位に持続的な関連痛を起こすことを特徴とします。
このトリガーポイント由来の痛みを筋筋膜性疼痛症候群(myofascial pain syndrome.MPS)と呼んでいます。
トリガーポイントの存在については以前から知られていましたが、TravellとSimon’sの共著『Myofascial Pain and Dysfunction The Trigger Point Manual 』(1983年)によって世界的に認知されるようになりました。奇しくも本著を日本語に翻訳された川原群大先生は、私が学生だった頃、渋谷の鍼灸学校で解剖学の講義を担当されていました。
そんな出会いもあって、20数年前からトリガーポイント療法について聞き知ってはいましたが、その当時は鍼灸師の間では今ひとつ話題になることは少なかったように記憶しています。トリガーポイントは鍼灸の経穴(つぼ)・経外穴と一致する所も多いので、それらを西洋医学的に説明したという認識だったかもしれません。
経験の多い鍼灸師やマッサージ師であれば、日々の臨床の中で本書で紹介されているトリガーポイントの多くを使用しているでしょう。しかし、本著をよく読むと関連痛を生じるトリガーポイントについては、経絡の流注と一致しない部位にあるものもあり、いろいろと発見があります。
特記すべきは、従来の損傷モデルにより痛みが生じているのではなく、軸索硬結にできた活性化したトリガーポイントが痛みの原因であるという点にあります。
坐骨神経痛様症状とトリガーポイント
ここ数年、筋骨格系の痛みに対して「トリガーポイントの注射を受けたけど…」という患者さんが時々来院されます。どうやら、ペインクリニックや整形外科でトリガーポイントの注射を行うところが増えているようです。
よく話を聞いてみると、普通のブロック注射であったり、神経の走行に沿って注射をしていたり、触診をせずに患者さんが訴える痛いところに2,3か所注射を打ったりと、方法がまちまちであるような印象です。
「従来の考え方」
臀部・下肢の痛みやしびれは坐骨神経痛とされることが多いですが、その原因は坐骨神経がどこかのレベルで圧迫・障害されることによって生じると考えられています。画像診断(レントゲン、CT、MRIなど)により脊椎や椎間板に問題があれば、椎間板ヘルニア・すべり症・脊柱管狭窄症・変形性脊椎症などと病名がつけられます。
「トリガーポイントの考え方」
骨の変成により、神経根が圧迫されて痛みが生じるのではなく、筋肉内(ファシア)のトリガーポイントが痛みの引き金になっているという理論です。よって、その施術方法は活性化したトリガーポイントに対して注射(局所麻酔)や鍼灸、筋膜リリースなどを行うことになります。
腰下肢痛のトリガーポイントによる関連痛パターンを『Myofascial Pain and Dysfunction The Trigger Point Manual 』から引用します。
左は前部小臀筋中にできたトリガーポイント、右は後部小臀筋中にできたトリガーポイントを表しています。臀部から下肢にかけて痛みが広がっています(赤色の部分)が、この部分は坐骨神経の走行に似ていますので坐骨神経痛などと診断されることがあるかもしれません。しかし、坐骨神経に問題があるのではなく、臀部にできた筋損傷が引き金(トリガー)となって、関連痛を生じていると考えることができます。
トリガーポンと経絡・ツボの相関性について
下図は梨状筋中にできたトリガーポイントによる関連痛パターンです。
これらの関連痛パターンを眺めていると、経絡(経筋)足の少陽胆経と足の太陽膀胱経の経絡の流注と重なるのでは…、と連想されるでしょう。
赤いラインは足の太陽膀胱経の流注、青いラインは足の少陽胆経の流注です。臀部の赤丸の経穴は環跳(かんちょう)穴で足の太陽膀胱経と足の少陽胆経の交会穴になります。ちょうど梨状筋中にできたトリガーポイントのTrP1あたりに相当します。
現代鍼灸(現在もこのような言い方をするのかどうか不明ですが、端的にいえば現代医学の理論に基づいて鍼灸を考える)では、腰下肢痛(坐骨神経様の痛みやしびれ)の原因を脊椎の変成や梨状筋のスパズムなどにより坐骨神経が圧迫や損傷されていると考えます。そこで、L4-5、L5-S1付近の根症状を疑う場合は、腎兪や大腸兪などを選穴します。
梨状筋のスパズムが坐骨神経を圧迫していると考える場合は、環跳穴を選穴します。この環跳穴の取穴法には幾つかの方法があります。また、梨状筋をターゲットにするのではなく、坐骨神経に直接アプローチする方法もあります。
このように、理論は異なっているのに、トリガーポイントと同じような部位にアプローチをするところは興味深いところです。
一方、経絡(経筋)的に考えるとどうでしょうか。
『疼痛針灸治療学』(學苑出版社)の坐骨神経痛の治療方法には次のような記載があります。本により配穴には多少の違いはありますが、おおよそこのような配穴が一般(教科書的)です。
● 足の太陽膀胱経:腎兪、大腸兪、秩辺、殷門、承扶、委中、崑崙
● 足の少陽胆経:環跳、陽陵泉、絶骨、丘墟、風市
イラストを見ると、小臀筋中にできたトリガーポイントの関連痛パターンと足の少陽胆経の流注は重なる所が多いようです。ここで、トリガーポイントの関連痛として考えれば小臀筋を狙うべきですが、足の少陽胆経の配穴では環跳を選穴しています。環跳穴の位置は、大臀筋と梨状筋の下縁にあたるので、小臀筋をカバーしていません。
足の少陽胆経上にあって、小臀筋を狙える経穴とは…。
居髎(きょりょう)穴で、小臀筋と中臀筋にアプローチすることができるのではないでしょうか。トリガーポイント理論もなかなか奥が深いのである。
※2013年8月「鍼灸鶏肋ブログ」の記事をまとめたものです。